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アンビバレントな人々

彼女らは日常生活において、強度のアンビバレントな(両価値的な)感情に翻弄される場合が、とても多いような気がします。時に彼女らは、自分の内に好きと嫌いの両方を、同時に把握して、相手を困らせる場合があります。また、多くの人は両価値的な葛藤状態に苛々しだし、自らどちらかの感情に自分を押しやっていく形をとるようなのです。


けれども、無理矢理に自分の感情は一つだと決めてかかっているので、それは長続きせずに、後悔をともなって謝罪や「実は〜好きなんだ」とゆう風になっていくようです。そしてこれは、彼女らが彼女らである限り、滑稽なほどにパターン化していくようです。


迷い、不安、自信の欠如から、葛藤の罠から抜け出すことは容易ではないはずです。そのことがより一層、自己評価、自己信頼の低迷と低下を誘います。彼女らは次第に「片方の極みを信じ切ることへの懐疑」というとても厄介な状態へと変わっていくようです。


誰かを愛しても、自分はすぐに自分を疑ってしまう、自分は今必死に生きているが、それが正しいのかいつまで続くのか分からない、善で生きるべきか悪で生きるべきか分からない等……だんだんと自らの意思や自己というものを疑いだして、物事を自分で解決できなくなってくるのです。


アンビバレントからより多くを吸収したいと思うのならば、本当の戦いがまっているはずなのです。その戦いを見ないようにすることは容易です。戦いは長引くようですが、本当に多くのものを与えてくれるはずです。両価値的な傾向は、すべての混乱が終わったあと、すっかり自分のモノとなりえるし、豊かにもなるでしょう。


極度に物事の一方しか信じていない者は狂信者とかわらない、底の浅い汚れを知らない人でしょう。汚れを知った人は、回避せずに、どうにかこうにかむやみ矢鱈に進んでいかなければならない。だからと言って、その前進が悪者になるというふうな意味にはならないのではないでしょうか。



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