理想への没頭
夢を追う人、気高い理想を描いている人、彼らはそれらを求めることによって自分の満ち足りなさ、人生の意味のなさ、自分が生まれて死ぬまでのあいだの空白を埋めようとします。また内面には劣等感を抱いていることが少なからずあり、自分は本当はもっと有能なんだという思いを抱いているようです。また彼らは夢を持っている自分が、それらを持っていない人と比べて特別だとも思っているようです。
自分の生まれてきた意味の欠如により、自分の使命は夢を実現させることだと思い、また普通に生きていたって何も意味などないと思います。彼らは大抵の「普通の人」というものを毛嫌いし、自分だけが「普通ではない特別な人」だと思いたがり、また現実でもそのように振る舞う場合が多いようです。その様は傲慢、冷徹、皮肉となってあらわれ、時にはむごいやりかたで人を利用するようなことにも発展します。
彼らは理想的な自分になるために夢を追うのですが、実は内面の空虚を埋めるために夢を追っていること、夢や理想が実現されたところで、その空虚はけっして満たされはしないという事に気が付いていない場合が多々あるようです。つまり理想的な自分になれば、一つも問題はなくなり、寂しさや虚しさはなくなり、とてもパーフェクトな幸福を手にすると思い込んでいるようなのです。もちろんこれは早合点にすぎないのです。
仮に夢がやぶれたり、理想は理想に過ぎないという現実にさらされた場合に、彼らは無気力になります。自分が実は脆く、今まで馬鹿にしていた「普通の人」と同じで、もしかするともっと脆い人間なのではないかと思うのです。また夢を追うことで存在が守られていたために、存在を失い、自己の不在という現実に直面するのです。彼らは塞ぎ込み、憂鬱になり、苛々したりします。
こうゆう一群の人から夢を取り上げてしまうと、彼らは死んだ人間のようになり、つまり以前まだ馬鹿にしていた「普通の人」のようになり、それを認めることができずに足掻きはじめるようです。自分は「普通の人」なんかじゃないという意識は、とても根強く内面を支配しています。これは自己の不在からくる虚無感の裏返しなのではないでしょうか。
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