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有名人への没頭

現代ではとりわけ有名な歌手や小説家、芸能人への没頭が激しいのではないかと思います。彼らは簡単に同一視し、追従し、献身的になります。熱狂的であり度を超した没頭も数多くみられ、その対象と同じ人間になろうとするようです。


まずは身なりから。次は精神やその対象のもっている個性や性格を。最後には彼らがしていることを自分でもしてみたいと思うようになります。彼らはその没頭の対象が侮辱されると、まるで自分が侮辱された時のように怒り悲しむのです。またある意味で自分がその何か特別なものに興味をもっているということで、自分はひときわ特別な人間であり、それを理解できるのは有能な人間だけだと思うふしがあります。つまり自分の趣向を理解できないものはいらない、となるのです。


また鑑賞眼についても彼らは誇大な自惚れをもっている場合があります。例えばある売れない芸術家の、誰も見向きもしないような作品を彼らは好む場合がしばしばみられます。彼らはその知名度の低い作品を心底好きになったのではなく、それを理解し受け入れた自分自身にうっとりするのです。自分はとんでもなく幅の広い才能を秘めていて、なぜここまで趣向が素晴らしいんだと、いきつくようです。


彼らは何か有名で、何か集団めいていて、何か特殊で、それでいて普遍的なものを介して、自分の価値が素晴らしいものであると妄信します。自分の価値は、意思があること、主張があること、好きと嫌いがあること。自分の意見にこだわりをみせ、他者の助言や忠告などには耳を貸しません。彼らから言わせれば、自分を理解できない愚かな人間に何を言われようが、どんな風に見られようが、そんなもの気にとめる必要がないという具合です。


けれどどれほど自信満々に自分の意見というのを言ったとしても、またそれがどれほど素晴らしい考えであっても、彼らは空洞です。無意識レベルで彼らはそれに気が付いていて、だからこそ熱狂的に没頭したり、真似事をするのです。そうせざるおえないのです。彼らはそうすることで成り立ち、個性を確保し、それを守ることで自分の空洞を覆い隠しているのです。



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