自己愛の万能感
1.自分は他者と圧倒的にちがっていて、それは良い意味で独特で個性的である。
2.自分は他者とちがっている能力、個性、独特さなどがなく、埋没していて取るに足りない人間だ。
上記は同一の人間から発せられる思いであります。自分にありあまるほどの自信をもつかと思えば、自分を阿呆同然に扱って自嘲することがあるようなのです。一年のあいだにずっと1が続いていたとしても2が現れたとたんに身悶えるようなのです。
いったいなぜ、というと、現実の自分をはっきりと認知できないからでしょうか。現実の自分が本当に取るに足りない人間であっても、そこから直向きに努力していけばどうにかなるはずなんですが、それさえも拒んでしまうのです。彼らには誇大な自己像があり、それを支えつづけるだけの底意地のようなものもありますが、同時に、直向きな努力に欠けている面が露骨に見られる場合もあります。
自己愛寄りの境界例は、その心性を潜伏させつつもあらゆる面で基準とされる境界例よりも(そんな基準があるとするならば)社会的に自発的で活発な印象を受けました。ただ行き過ぎた自分を愛する心や、おおげさな過信が募った場合、一部犯罪との接点があるというのも事実です。彼らは自制心がなく、とても性急で、虚栄心の強さ、これが特徴なのかもしれません。自分は本当は凄いんだ、これを証明する為に犯罪にはまりこんでいく人もいるようです。人を殺せば他の犯罪者仲間から一目おかれる、その特別視を望むあまり、人を殺す人もいます。
なんだか話がそれてしまいました。この辺りで。
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