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鏡にうつる残像

彼らの中にはまったく病気の気配を感じさせないほど陽気ではつらつとしている人もいます。けれどももしその人が、会話の最中、ちょっと間があいた時にぼーっと明後日方向を向いて正気の失せた顔を一瞬でもしているのならば、それは彼ら自身の儚さの表現なのです。


自己評価が低すぎて、人には受け入れてもらえないという確信を持っている場合が多いので、仮の自分を(人に受け入れられやすい姿)演じるのです。自分が疲れようが風邪をひこうが、その演劇が終わることはありません。


言い換えれば仮の自分も、虚空を見つめる色のない瞳も、一つの感情表現なのかもしれません。無駄に馬鹿騒ぎをしているときに「無理しなくていいよ、わたしは嫌わないんだから」と言ってもらいたい。その安心の言葉を与えられたら、すぐにでも眠りに落ちてしまうかもしれません。


反射的に求められている形の人間を創造して、演じる。その特異な分野においてボーダーは一流かもしれません。また完璧に見えるその仮の自分の中にも、少しの虚無がちりばめられている。その点も考慮にいれて彼らは日々、疲れた、疲れたと言って神経を尖らせているんです。


生きていく為の(人に受け入れてもらう為)自己演舞。鏡の前で舞ってみると、自分ではない誰かがそこにうつしだされています。鏡を見ている自分が自分なのか、そこにうつしだされている自分が自分なのか、それとも、今舞っている動機と鏡を見ようとした動機が自分なのか……薄暗い迷走。動機はまだまだ彼らを離そうとはしないのです。少なくとも彼らが踊り続けているあいだは(・_。)ダンスダンス



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