自分探し

自分自身を言葉で表現する時にボーダーは、自分が何なのか(どれなのか)分からない。または自分が無い、といったような言葉で表すようです。僕もそうですが、そのような自己不確実感というものは虚無感を誘発させます。ようするに「自分を語ることの出来ない自分」だとゆう認識はとても辛いので、必死に自分を探す。これを「自分探し」と言うのかもしれません。


自己像をイメージする時に僕の頭には3〜4個の自分が描き出されてきます。それは、その時々の自分の姿であり、自分の信念であり、自分の行動指針なのです。それらの内のどれを選ぼうかと四苦八苦するのです。つまり自己拡散による自己像、自己感の著しい不安定さ、とゆうことになります。


例えるなら熱狂的な歌手の追っかけやそれを真似ようとする人です。理想化した歌手に自分を重ねて、その歌手の服装、動き方、喋り方、感じる事の全てを無意識に真似てしまう。自分の信念が不安定な為に、誰か、他の、理想的な人の信念をそのまま自分の信念だと錯覚してしまうのです。ボーダーにとって、自分の心で自分を語るより、他者や理想化した人の心を借りて、自分を語るほうが、とても楽なんです。


そしてボーダーは、自分を語れない虚無感にとても敏感で、無意識にそういった目標の人を探そうとしています。自分の不安に耐えられそうにないので必死に探そうとします。そしてこれらは飽き性や移り気といったような印象を与えるときも、確かにあります。


ボーダーの人生とゆうのは「自分探し」なのかもしれません。その姿を他人が見れば「不安を常に解消しようとする人」とうつるかも知れません。他人がいなければ自分を語れず、自分の姿に疑問を抱く。堂々巡りが続くような人生の中で、自分を直向きに求める人がいる。僕は素晴らしいことだと思います。ではまた(・_。)ズリッ



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